ミャンマーに渡ったクメールの青銅像 INDEX HOME



■ ミャンマーに渡ったクメールの青銅像





■アンコールワットの青銅像の変遷

▶ 1431年、タイがアンコールワットに攻め込み、アユタヤに持ち帰った。

▶ 1564年、モン族の王バイナウンがアユタヤに攻め込み、バゴーに持ち帰った。

▶ 1600年、ヤカインのラザヂー王がバゴーに攻め込み、ミャウーに持ち帰った。

▶ 1784年、ビルマのボードーパヤー王がミャウーに攻め込み、マンダレーに持ち帰った。





■マンダレーのマハムニパゴダ(Maha Muni Paya)にあるクメール様式の青銅像は、アンコールワットから数奇な変遷をへてマンダレーまで運ばれて来たという(上記の地図参照)。

この青銅像を是非見たいと思い、マハムニパゴダに向かう

このパゴダは、マンダレー最大にしてもっとも重要な仏塔。


正面の参道から中に入ると、両側に商店が並び門前町を形成している。


その参道の突当りに鎮座する、金ぴかの高さ4メートルのマハムニ仏。

この仏像は、1784年にミャウーのヤカイン王国から奪ってきた物だ。

ミャウーで聞いた話だが、このマハムニ仏は偽物だという。

ビルマ族のボードーパヤー王が、1784年にミャウーを攻略しマハムニ仏を奪った。

ところが、仏像を船で運んでいる途中で川に落とし、引き上げることが出来なかった。

代わりに、マハムニ仏に似た仏像を探してマンダレーに運んで来たという。

ラカイン族とビルマ族の対立をうかがわせるエピソードだ。


マハムニ仏の鎮座する本堂裏の広場の右側にある、クメール様式の青銅像が納められている建物に向かう。



ここに安置された7つのクメール様式の青銅像は、アンコールワットから数奇な変遷をへてマンダレーまで運ばれて来た貴重なものだ。


向かって、左側からの写真を順に載せる。

1番目の青銅の頭部のない獅子像。


その、頭部のない獅子像の内部。


2番目の青銅の獅子の頭部。


正面から写す。

参拝者で擦られた鼻の頭はピカピカだ。


3番目の青銅の頭部のない獅子像。


その、獅子像の足。


引き締まった背中からお尻のラインが美しい曲線を描いている。


4番目の青銅の門衛神(ドヴァラパーラ)像。


その、門衛神(ドヴァラパーラ)像の横顔。

細かく見ると、青銅像の製造技術の高さと造形美の見事さがよく分かる。


5番目の門衛神(ドヴァラパーラ)像。

こちらは、一番大きな青銅の門衛神像。

このように、2メートルもの大きな青銅像は本家のカンボジアにも残されていない。

唯一、西メボンの井戸で発見された「横たわるヴィシュヌ神」の胸から上部の像があるだけだ。


この、門衛神像の横顔もりりしい。


6番目の青銅の獅子像。

右の後ろ足を除くと完全に残っている。


7番目の3つの頭部を持つ神象アイラーヴァタの青銅像。


神象アイラーヴァタを正面から。

向かって右側の鼻が取れている。


ここに展示された青銅像には、自分の悪い所を撫でると良くなると言われ、撫でまわす人々。

左の女性は微妙な所を撫でている。


先生に引率された学生たちも熱心に撫でていた。



宝物殿のホールの中には、ヤカイン王国から川の中を運ぶマハムニ仏の絵が飾ってあった。上記の偽物説を頭に入れて眺めて見るとなかなか面白い。



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