王道とは、フランス人作家で後に文化大臣にもなったアンドレ・マルロー(Andre Malraux 1901~1976)が、小説「王道」(1930年)の中で名付けた。
この小説はマルロー自身の若き日のインドシナ体験をもとに、人間の存在と行為の矛盾を追求した実存主義の小説の傑作。
…クメールの浮彫りを探して、巨万の富を求めて密林の奥深く古寺院を探して分け入る主人公のクロードとペルケン。
カンボジアの濃密な熱帯雨林の中に埋もれ、かすかに盛土と一部に残る敷石のまるで川床のようにあらわれたり消えたりしている「王道」の導いてくれた先には、荒廃したクメール王朝の遺跡があった。
紫砂岩の壁面のいくつかには彫刻がほどこされ、古い時代のインド様式のきわだつ素晴らしく美しい浅浮彫があり、苔に包まれた石仏、人間の姿など見たことも無い蛙や石の上を這う百足、かくも決定的に放置されて崩れ落ちた寺院。… |
王道は一般的に、ジャヤヴァルマン7世の治世下に沿道構築物などから見ても整備がされたと言われている。しかし、実際何時頃から本格的に王道として整備され、発展してきたのかは不明である。
王道沿線には砂岩やラテライト造りの構造物の遺構(橋梁・宿駅・施療院等)が存在しており、王道が軍事のみならず物資の流通や各地の生産地の成立を促す機能を果たしていた。
アンコール王朝の国土の拡大や資源の収集、占領地からの物資を輸送するのに王道の役割は重要だった。下図のルートAのデュー村の近くではルビーなどの宝石が採掘され、ルートBでは鉄鉱石などが見つかっている。
王道を通ったのは人や象などのほか、轍跡から車も通ったと推測される。その幅が1.5メートルなので運搬車ではないかと考えられる。 |
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アンドレ・マルロー |
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小説「王道」
集英社版
世界文学全集 |
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